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俺のボランティア(第1回)

タイトルにインパクトが欲しかった為、こんなタイトルにしてみました。

さて、こんな切り出しで文章をスタートさせる「俺」は、まだまだ新米のボランティア歴約半年。ボランティアを始めたきっかけは、大した理由があるわけではなく、8割が普段の生活の幅を広げたかったことと、残り2割が余った体力を何かの役に立てたいと思ったことだ。

なんとなく、面白くなければ別にやめれば良かも・・・と安易な気持ちで京都ボランティア協会に訪れた。(面白い・面白くないという基準は、そこにいる人間が人の繋がりを大切にしているか?他人の気持ちを大切にしているか?コミュニケーションを大切にしているか?ということである。)すると、その当日が偶然「ふれあい祭り」なるものの実行委員会が開催される日だった。
ふれあい祭りの実行委員会に成り行き任せで参加することになり、そのまま俺は実行委員になり、そして更に、ステージ部門のリーダーを任されることにもなった!興味本位で参加した実行委員会であったが、いざ運営に関わってみると予想以上に面白く、それはそれはとても充実した日々を過ごすことができた。
「ふれあい祭り」は、2009年9月に予定通り開催され、再び11月より次回の祭りに向けて実行委員会が設置された。もちろん、今ではまるで古株のごとく、俺もすっかりその一員である。

また、本誌季刊ボランティアきょうと(以下、「季刊ボラ」と呼称する)にも所属している俺は、本誌メンバーの人の良さに吸い寄せられお手伝いをすることになった。こちらはこちらで、より素晴らしい内容をこの情報誌に載せるべく、毎月第三週の水曜日にメンバーが集まってミーティングを行っている。着実に前へ前へと前進していると思う。 いずれの活動も楽しいからやっている。ボランティアなので人として当たり前の責任や約束を果たしさえすれば、気が向いた時に参加し、仕事ではないので別にいつでも辞められるものであり、「続けること・止めること」に対して他からの強制力を受けない。よく、「ボランティアに所属すると、ずっと続けなければならないと思ってしまう」という声を聞くことがあるが、そんなことはここでは一切なかった。きっと、よい仲間に囲まれているからだろう。

また、この半年間、「ボランティアをしている」という気持ちは全くなかった。ふれあい祭りや季刊ボラ情報誌作りも、四肢障害を持った子達の面倒を見るボランティアも、どれも「ボランティアをしたい」とおい思いをもってしたことではなく、ましてや「オレは社会に貢献している」という実感も全く無い。ただ面白くて充実していたという、自分本位で自己中心的満足感がそこにはあった。

ところが蓋を開けてみると、そんな個人のレクリエーション的活動(もちろん行動にあける責任・道徳があってのことだ)が社会への貢献に少なからず繋がっていたり、他の人の役に立っていた!という結果にもなっていたのだ。

そう、これぞまさに「俺のボランティア」である。

さて、次回は協会に訪れたボランティア希望の学生さんとの話から、ボランティアをしたい側の立場について考えてみたいと思う。

担当:鈴木辰之

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