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百聞は一見に如かず・第6回「工房セシリア」

めでたく6回目を迎えることになりました「百聞は一見に如かず」コーナー。今回は、『工房セシリア』(京都市北区)さんにお邪魔することになりました。

“誰でも気兼ねなく、喫茶店のように”

工房セシリアさんは、約20年前、大学における自閉症者のクリニックに始まり、もとは、学生たちの実践の場だったそうです。現在は、工作に興味のある知的障害者の方々などを対象に、北区衣笠に工房を構え、『だれでも気軽に使っていただける手作りのための工房』をモットーとして、
・パン作りの会 「フライパン」
・伝統食の会 「セシリアメイト」
・卓球チーム 「スマッシュ」 (全国障害者スポーツ大会に2名出場、銅メダルを獲得)
の3グループが、現在活動中とのこと。取材にお邪魔した6月14日は、『フライパン』の活動日ということで、パン作りの見学となりました。

「誰でも気兼ねなく、喫茶店みたいなノリなんですよ」、パン作りのため酵母を取り出しながら、スタッフの林さん(セシリア事務局)は作業の進行を見守ります。「僕はこれといって、手を貸すってことは無いですね。ここでは、手取り足取り……とかではないんですよ。あぁ、これ、重要」。言葉の語尾までしっかりとした口調の林さんに安心感を覚えます。セシリアの皆さん、本当に元気です。

“パンの個展”

今日作るパンは、リンゴの入ったアップルパンと、チーズパン、レーズンパン。皆さん機敏に手を動かしながら、下ごしらえを進めていきます。1時間もあれば出来上がるということをお聞きしたので、急遽、取材メンバーも参加させて頂くことに。材料を入れ、こね始める私。「ここはもっとこねなあかんでぇ」“会長”ことタカダさんの大きな声……日頃、料理に無縁の人間には、当たり前がなかなか出来なくて。「粉で見えにくいけど、この目盛りが100ミリリットルやから」と、水の計量の仕方まで、“リーダー”オノさんにアドバイスを頂いている始末です。
「こんなくらいの固さでいいの」
「そんなもんやけど、もっと粉入れたほうがええ」
パンの生地をドンと机に打ち付ける音をフロアに響かせながら、終始、和やかに会話を弾ませ、作業は続いていきます。案外、形にはなるもので、パンは職人技では……などと考えていた私は、苦笑いを浮かべながら、林さんと雑談を交わします。
「パン作りって手間が懸かって、面倒な作業を想像していましたが、意外と簡単に出来るものなのですね」
「料理ってね、本来、気軽に簡単に出来てしまうものなんです。ほら、本屋さんにレシピ集とか売っているでしょう。あれって、わざと難しそうに書いてあるのね。パン作りって簡単なものなんですよ。大切なことは、自分でアレンジをしていくことなんです」

5年に1度、寺町二条の画廊を借り切って、「パンの個展」を開催しているそうです。パンで個展が出来るものなのかと疑問だったのですが、作品を見せて頂いてビックリ。靴の形をしたパンに、野菜や果物の形をしたパン。
「パンって、造形が出来るものなのですか」
「はい。そうですよ。本当に良く出来ているでしょう」
個展のために焼き上げたパン。一生懸命に焼き上げたパンを“会長”は、枕元において眠ったとのこと。一生懸命作ったパンでも、個展が終わると、時間が経ったパンは処分しなければならず、古参メンバーのクボさんは、捨てるのが惜しくて泣いてしまったそう……『自分のアレンジが大切』焼けばパンになる素地を今、私はこねながら、なぜか重く感じた「アレンジ」という言葉を深く反芻するのです。

“皆さんとお話しながら”

林さんは、葡萄から作った酵母など、市販ではなく自然素材で酵母をお作りにもなっているのだとか。
「ワインと同じ原理ね。葡萄を醗酵させて」
「20年前、どうしてパンづくりからスタートされたのですか」
「……まぁその、私の趣味からね」

無添加天然酵母から作るパン。林さんは、一晩寝かせておいた生地をお持ちになり、私たちに「プチプチ」とした音をお聞かせ下さいました。
「酵母がはきだす二酸化炭素。酵母を作るときも、たまに瓶を振ってあげる。そうすると、あぶくがブクブクでるのね」
酵母が呼吸しているのですよ、と林さん。どんな感じなのだろう……私は、思わず『コーラをシェイクした風景』を想像してしまいました。オオゲサか。

適度に膨張を始めた生地に、具材を入れていきます。クボさんにアドバイスを頂きながら、伸ばしたり、切ったり。お化粧好きなウシロさんは、歌を口ずさみながら手早く調理を進めます。「むずかしい」といいながらも、カワマタさんの器用な手さばきには、大変驚かされます。ツジタニさんもオクノさんも上手。皆さん、料理が大好きなのだそうです。私たちの下ごしらえも、一応、形にはなりました。

すっかり、工房の雰囲気にとけ込んだ取材の面々。手を働かせ、何かを一緒に作る。本当に良いコミュニケーションの場がここにあります。
「受け入れ側として、林さんからボランティアさんに何かありましたらお聞かせ願えますか」
「そうですね。いっしょに楽しくお話ししながら、パン作りを覚えて帰ろう……というような姿勢でいいんです。出席なんて取りませんし、全くの自由です。気軽にお越し頂いて結構ですよ」 パンが焼き上がり、会食の時間。味は上々です。『チーズを雑に入れただけなのに、結構合うんだ』私には新鮮な驚きでした。

この時間をお借りして、皆さんにインタビュー。タカダさんは“モーニング娘。”ファン。クボさんはコーラスをされているそうで、今は『第九』の練習中だとか。この方は、職場からリストラの宣告を受けた後、自動車免許を取得、リストラされた会社に再就職を決めた強者なんです。ヨコヤマさんはボーリングが好きで、オクノさんは音楽好き。歌を口ずさんだり、話に大笑いをしたり……楽しいひとときを、皆さんとともに過ごした取材班でした。

“お母さんと私たち”

「健常者のみなさんが、息子の様な知的障害者と健常者との間にいる“中間層”に対しても、理解を深めて頂けると大変ありがたいです」
補助として来られていた保護者の方との会話の中で、このような言葉が胸に残りました。
この言葉は切実に思います。日常生活に支障が軽い、『目に見えない』知的発達障害に対して、私たちは、理解を遠ざけます。

実際、何をもって健常者、障害者たるのでしょう。私たちにある枠組み観は、事物の理解を早めるのに手っ取り早い方法ですが、実は理解の阻害をしているだけなのかもしれません。けれど、それは仕方のないこと。中間層という言葉を使わないと、分かってもらえない。中間層という言葉を使わなければ、我が子の立場を表現出来ないことに苦しむお母さん。
そして、思います。『私は、本当に、“人”を見ているのだろうか』、と。省みれば、『無知は、どれだけ人を不遜にするのか』と、考え入るばかりです。

“林さんの夢”

「ほら、ここ、3階まで増築してもオッケーなところやから……退職したら、グループホームに出来ないかなぁなんて、思っているのですよ」
現役の養護教諭でもある、林さんの夢。グループホームになったとき、“リーダー”オノさんは、そのホームで一人暮らしを始めたい、とか。
「ぜひ、気兼ねなくお越し下さい。お待ちしていますよ。暴風雨警報が出た日以外は開いていますから」

林さんの最後の一言で、一同、笑顔の内に取材を終えました。

『工房セシリア』の『セシリア』は、実在した、歌が好きで朗らかな修道女の名前が由来とのこと。今回、工房の皆さんと何の障壁も無く溶け込み、取材をさせて頂くことが出来ましたことを感謝しながら、工房を照らす光の中に、修道女セシリアの姿を見た気がしたのでした。

工房セシリア
メンバー数男性2名 女性2名
主な活動/活動時間第2・4土曜日 13:00〜16:00 パン・カステラ作りなど
第3日曜日 10:00〜13:00 和食など、調理
活動場所/住所北区衣笠東御所ノ内町56-4
連絡先TEL(075)492-4060 担当:林
連絡時間毎日19:00〜
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